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「障害」の前に、人として出会うために|田中 みゆき|ネットTAM
https://www.nettam.jp/column/possibilities-of-accessibility/5/ >障害のある人と日常的に交流のない人ほど、障害のある人を「障害者」という一枚岩で捉えがち
>障害のある人は、アクセシビリティが担保されていないことに声を上げるために、膨大な感情的・認知的・身体的労働を日常的に担っています。わかりにくい場所に書かれている(あるいは結果どこにも書かれていない)アクセス情報を調べ続ける認知的労働、対応をやめられてしまわないように、相手の気持ちを損なわない言い方を選びながら要望を出す感情的労働、そして「自分が問題なく鑑賞できるかを、その都度窓口に確認する」という身体的労働。
>多くの場合、施設側がアクセス情報を掲載したがらないのは、それによって実際にどれほどアクセス不可能であるかが明らかになってしまうからです。しかし、アクセスできない空間よりさらに状況をアクセス不能にするのは、その空間に関する情報すら提供されていない場合です。
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2026-04-03 01:55:23 UTCEvent JSON
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